仕事依頼
「死後三週間、自宅死亡。とりあえず行ってくれ」
連絡があったのは寒いニ月、昼下がりのこと。
嫌な予感しかしないな……と、ハンドルを握る手は少し気が重い。
Googleマップのストリートビューで地図を確認するも、家らしきものが見当たらないし、三週間ものあいだ発見されなかったという状況は、おそらく独り住まい。どんな家だろうか……という不安がついついつきまとう。
すると、もう一度本社からのTELが鳴った。
「追加の情報な。どうやら同居人と名乗る人が歩いて直接葬儀社に尋ねて来たそうだわ。で、担当の人もまだ故人さんを見ていないらしい。当然家もどんな家屋か不明らしいからね。状態を見て湯灌が可能か不可能かはそっちで判断してくれ」
同居していて三週間気付かないってどういうことよ。と思わず、事件じゃないよな……。同僚と顔を見合わせる。
葬儀社に依頼をしにきた男性は「とにかくきれいにしてもらえるんでしたら、なんでもいいからお願いします」と言ったそうだ。
自宅到着
約束の時間より少し早く、自宅と思われる場所に着いた。Googleマップのプレビューでは見れなかったのがよくわかる。
道路沿いには門扉だけがあり、表札が上がっているが、その向こうは空虚な空が広がる。
覗くと門扉の向こうは下へと続く階段があるようだ。すると、同居人と名乗る男と思しき男性が上がってきた。その方に案内され我々はどんどんと下へ降りて行く。途中、鬱蒼とし枯れて伸び過ぎた木の枝が顔に当たりそうになるのを避けながら歩かなければいけなかった。
半地下あたりで、左手にも家があるのに気がついたが、そこは通り過ぎさらに下へ下るともう一軒家が建っていた。どうやらここで故人は眠っているらしい。
かなり年代物の家だ。昭和の後半くらいに洋風を意識して作られたのだろうが、壁は剥がれ落ち、石畳には雑草が茂り、庭に佇む大きな壺は割れていた。
久しぶりに背筋が凍る思いと、なかなか進まない足取り。恐る恐る玄関を開けると久しぶりに外気を取り込む家からはカビの臭いと埃が舞い上がるのがわかった。
玄関を上がると絨毯の敷かれた床がギシっと歪んだ。あちこちが底抜けそうな状態である。一歩一歩足元を確かめながら故人の寝ている部屋へ案内される。古い綿の重そうな布団に寝かされている。
家の中へ
亡くなったのはトイレの前。うつ伏せで亡くなっていた。警察が検視をしたあと、布団に寝かせてくださったようだ。
どんよりとした重たい空気が家中をまとっている。
同居人と名乗る男性がとても不安そうにしておられた。我々は「きれいにさせていただきますから、大丈夫ですよ」と笑いかけてみた。
「僕、気が動転してしまって……お願いします。自分は弟なんです。さっきの上の家で待ってますんで、どうか綺麗にしてやってください。よろしくお願いします」
その時の弟さんは、とにかく不安げでした。逃げるように家を出ていかれ、私たちはさてどこから手をつけようか……と頭を抱える。
お風呂場を借りて、お湯を溜めたところからホースで湯を引くのだが、はたしてお湯はちゃんと出るのだろうか。
風呂場には故人が脱いだ服か、着ようとしていた服かわからないズボン、トランクス、パジャマが広げて床に置かれている。そしてひどい尿臭。
故人さまと対面
故人の部屋は電気も暗く、不気味な雰囲気は漂っているが、もはや仕事のスイッチが入ったので怖さや躊躇は消えた。
絨毯の上で浴槽のセッティングをし、故人の傍に座り手を合わせる。
故人の顔は白いハンドタオルで伏せられていた。
ハンドタオルをめくると目が開いたまま固まり、最後に転んでぶつけたのか、鼻頭を打撲したあとがひどい傷になっていた。
よし、綺麗にしようね。と心でつぶやく。
不思議と故人と対面してしまえば、家の中の不気味さが薄れていった。部屋に設置されている小さな画面の見たこともないほどの旧式パソコン。濃く色褪せた障子に襖、古焼けした和柄の衝立……その傍には何故かトイレットペーパーやティッシュ、洗濯洗剤の買い置きが山のように積まれている。
ここで一人、毎日変わらない日々を送っていたのだろうか。
施工後の遺族の反応
化粧の施しまで、全てが終わるころ弟さんに再度来ていただき、化粧加減を見ていただいた。弟さんはようやく兄の近くまで近づいてきて、頬に触れた。
「よかった。これなら見てもらえる……しかし、こんなに痩せてしまっていたとは……」
隣に住んでいたのに、ほとんど顔も合わさないほど交流は無かったようだ。
安堵したのか、弟さんは少しずつ故人の話をしてくださいました。
第一発見者は友人である校長先生だった。故人は学校で事務員を長く勤め、学校関係の知り合いも多かったので、葬儀は家族葬にし、後日お別れ会を考えているとのこと。
「兄は海外旅行が好きだった。でも食べ物だとか他に何が好きだったのか覚えていない」
そういえば、廊下の壁には額縁に入った写真がたくさん並んでいた。写っているのはどれも爽やかな若い男性の一人のショットだ。あれは若かりし頃の故人なのだ。よく見ると薄くなった髪の毛以外は面影がある。
家の中の全てがノスタルジーな景色に思えた。動物の毛皮、洋物のお土産品、それらは全て厚い埃に覆われて時が止まっていた。
台所は唯一小綺麗にされていて、生活感があった。全てが夢のような色あせた景色だったが、食卓に置かれているインスタントラーメンやカップラーメンなどの保存食が、その赤や黄色の科学的な色がやけに鮮やかに見えた。
弟と共に故人も生涯独身で、両親は亡くなっている。身内は今、他県からこちらに向かっている妹だけだと。
そう、この家屋は主人を亡くしたのだ。
仕事を終えて感じたこと
主人の居ない庭には黄色く可愛い果実がなり、門扉からの階段を登る道には枯れた梅の木が蕾を携えている。春になれば今年も満開に梅が咲くのだろう。
同じ敷地内に住んでいるにも関わらず、交流がなかったことで引き起こされたであろう今回の事由。
やはり、ネットや便利な物流が整備されたこのような時代ですが……近所付き合いや親戚付き合い、友人との交流などがいかに人を救う可能性があるのかを突きつけられますね。
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