生きる

孤独での最期(孤独死)と『村八分』の言葉の中に見る現代葬儀の形とコミュニティの大切さ

 

 

孤独でのお亡くなりが増えている現代社会。これはひとつの社会現象といっても過言ではありません。

 

核家族化が進んだことによる家族葬や直葬の増加傾向を見てもコミュニティの縮小化が現実になっているのは歴然です。

 

ではまず、『村八分(むらはちぶ)』を語る前にこんな話をしてみましょう。

 

葬儀に参列される際にも知っていると葬儀全体の奥行きが見られるようになり、参列する際に見送る側のより深い意味合いを感じられるかもしれません。

 

 

祭壇の飾り物のルーツ

祭壇の飾り物は『葬列』にルーツがあります。ざっくりいうと大正から昭和のはじめに葬列が姿を消して、その代わりに行われるようになったというのが、今のお葬式の形態なのです。

 

だから、今のお葬式の形態は長い日本の歴史上ではわずか90年そこそこ。

 

祭壇は葬列の省略形だということをご存知でしょうか?

 

葬列の形を変えたものが現代の祭壇なのですね。
近頃では生花祭壇が流行しておりますが、このような祭壇の成り立ちを知って葬儀に携わるのと、知らないまま携わるのとでは、なにがしかの違いがあるでしょう。

 

 

四華花(しかばな)を持って歩いた葬列

昔は4本の四華花を近親者が手に持って火葬場や墓地への葬列を歩きました。四華花とは、竹串に半紙を巻き、横に細かくハサミを入れたもので、お釈迦さまが亡くなったとき、悲しんだ沙羅双樹(さらそうじゅ)が、白くなったという古いルーツからきており、これは亡くなった人が涅槃(ねはん)に入ったことを象徴しているのだとか。

 

この葬列に想いを馳せると、昔は近所とのコミュニティの中で社会がいかにまとまっていたかを感じさせてくれます。

 

また、現在でも地域によっては近所の方が必ず集まって棺桶の安置や移送を手伝うしきたりが残っている場所もありますが、ほんのひと握りです。

 

では、話を戻して『村八分』についてお話していきましょう。

 

 

村八分とはそもそもどういう意味?

これは昔言葉で、今はあまり使われなくなりました。今でいう『あます、はじく、しかと』が代わりの言葉でしょうか。

 

簡単に言うと、『近所の人を仲間はずれにすること』です。

 

出産や成人式、病気の世話とか地域社会で助け合う十項目が決められていたなかで、何らかの掟破りをした家は付き合いが絶たれる制裁の取り決めがあったというのです。

 

厳しいですね。
増え続けるマンションでのライフスタイルや自治体との付き合いが薄くなった現代社会ではとても考えられません。

 

逆にいうと、集団でバッシングするような『道徳から外れた行為が薄れた』とも取れるのかも知れません。
事実上、都会では村八分という現象すらほとんど存在しないでしょう。もっとも地方のほうではまだ存在しているのかもしれませんが。

 

 

今現在の地域事情はどうなのか

町内会に参加しないと『変人』と称され村八分にされた昭和40年ごろとは違って、町内会には年配者ですら加入しなくなり、付き合いが軽視されつつあり、村八分なんて言葉を聞いてもピンとこないことでしょう。

 

今、あなたは村八分を恐れて地元住人とのコミュニケーションをはかったり、地元の催し、自発的な食事会を行うなどするでしょうか?

 

そのような必要が無くなったのが現代社会です。

 

一方では一人暮らしの方が増え、孤独でのお亡くなりも増えてしまいました。

 

原因はひとつではないでしょうが、インターネットの普及と生活の便利化なども人付き合いの必要性を無くした原因かもしれません。

 

しかし、これからの時代インターネットとは切っては切れない時代に本格的に突入しており、しきたりや迷信はどんどん昔話になりつつあります。

 

少し脱線しましたが、村八分に話を戻しましょう。

 

 

村八分、残りの『二分』なぜ許されたのか?

地域社会で助け合う十項目。
掟破りをした家は村八分にされる。

 

ところが十項目のうち、二項目は許した……。

 

その二分は、なんだと思いますか?

 

そう、それがお葬式なのです。

 

 

《お葬式と火事》

誰かが亡くなった時火事の時だけは村八分にしている家でも力を貸そうと約束されていた。

 

もちろん、火事は類焼のおそれもあったであろうし、土葬の時代、亡骸を放置されれば公衆衛生面での問題を防ぐためでもあったでしょう。

 

ですが、実際その二分は許されていた。

 

あの世に行く人はもう除け者ではない、皆でお手伝いして送り出してあげよう、と。

 

そこにはどこか日本社会の根底にある暖かさみたいなものを感じますよね。

 

 

コミュニティを作ることの大切さ

身近な方の最期を見送ることは、遺された者の生を肯定することでもある。
いかにお葬式が大切なことかを、簡素なお葬式が済んでから後悔しても遅いのです。

 

いいえ、たとえ簡素なお葬式だったとしてもそれはそれで良いと思いますが、ただ単に安価で流行りだからとの理由によって小さなお葬式で済ませてしまうのは如何なものかと思うのです。

 

生前に関わりを持った人が、故人の最期を目の当たりにし、お別れの現実を受け止める。

 

このプロセスを踏むことは生きるためにとても大切なことを教えてくれます。

 

しかし、このプロセスは残念ながら今後どんどん減っていくと予想されます。

 

葬の助自身、数年前から自治会に加入していますが近所の方との積極的なお付き合いがあるこの地域では、加入していなかったころに比べてメリットがたくさんありました。

 

ネットで簡単に世界と繋がれるこの時代。近所のお付き合いなんてとごくごく無駄で小さなことに感じるかもしれませんが、近所の人と仲良くしていたおかげで、亡くなったことを早期発見出来たという例はいくつもあります。

 

お身内が遠く遠方に住んでいるのも珍しくない時代。

 

今、お一人住まいでおられる方なら特に自治会でなくとも、気の合う友人や趣味の付き合い、なにがしかのコミュニティに参加することをオススメします。

 

そのコミュニティは、今後の人生を活き活きと楽しむためのよいスパイスにもなり得ますし、一人ぼっちにならないためのひとつの方法でもあります。

 

村八分が無くなった平和な時代ですが、それと同時に些細な助け合いもなくなってしまったのでは寂しい話です。

 

この記事をご覧になって、少しでも周りのコミュニティに目を向けてみようかな、と思われる方がいらっしゃればこれ幸いです。

 


 

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