湯灌納棺・エピソード010 90代女性/古巣に昭和の活気を観る

 

 

「あのね~ずっと気になっちょったんよ、その口髭剃っちゃってぇな」

 

そうはにかみながら私の隣に座りこんだのは故人さまから見て孫にあたる女性だった。

 

 

故人さまとご対面


この日は、本当にお日柄が良くて気持ちの良い遠出のお仕事でした。

 

クエが名産の港で、今も商われている宿、もう閉店した宿など、小さな民宿の建物がぼちらぼちらと佇む、海沿いの村の一角にそのお宅はあった。

 

「底が抜けちゃるかもしれんから気をつけてよ~」

 

故人さまのお休みされている古い和室の古畳は今にも悲鳴を鳴らしている。

 

畳が抜けないようにそぉっと故人さまのお隣に失礼してご合唱。

 

お顔伏せをお取りし、布団をめくるとそこには小顔で小柄なおばあちゃまが眠っておられました。

 

 

みんな一緒、あばあちゃんの口髭

親族さんも幾人か集まっておいでのようですが、落ち着かない様子でせわしなく玄関や台所を行き交っております。

 

片田舎は堅苦しく話す方が場違いである。よって私も親しみやすい雰囲気の中にするりと入り込む。

 

そうこうしていると先程のお孫さんが「口髭そっちゃって」と私の隣にすり寄ってきてくれたのだ。

 

故人さまの口元は、なるはど男性さながらの黒々とした口髭がちょろちょろと生えている。

 

いえいえ、珍しいことではなくてこういうことは結構あるんですよ。

 

「みぃんな同じです」と言うと皆さんガハハと笑う笑う。

 

 

綺麗な手

 

化粧を施しているとき……

 

「ばあちゃんほんと昔から手が綺麗だわ~。そりゃ働いたことないんやけ、当然か。自由に好きなことしてきはったからねえ」とおっしゃっていたのがなんだか気になった私は質問を投げかけてみる。

 

「大変失礼ですが、故人さまはどんな方だったんでしょうか?」

 

どこかのお嬢さん育ち……だったのか?

 

もしくは仕事をしたがらなかったわがままな人……だったのか?

 

それとも、なんでもしてくれる素敵なご主人がいたのだろうか?などなど、私の想像は膨らんでしまう。だって、戦争を経験していた女性が働かず?好きなことをして手が綺麗だったの?

 

いったいどんな人だったの!?

 

これはただ単なる止まらない私の好奇心である。笑

 

ようよう聞いてみると、なんてことはない。ずっとこの家で商いをしていてよそで勤めたことがないという理由だった。

 

 

古巣に昭和の活気を観る

嗜好品や日用品、雑貨やちょっとした保存食などを売り商売していたのだそう。

 

今は当時お店だったであろう場所はコンクリートの床だけがそのまま残っており、一角のスペースにわずかに残った陳列棚は物置となっているばかりだが、そう言われてみればどこか元はお店であったという面影はある。

 

「隣のあんたらが車を停めよったところ、今は駐車場になっているけどあそこはむかし銭湯やったけぇ、銭湯のお客さんが風呂上がりの一杯を飲みに寄ってきてくれて賑やかやったんやよ」

 

昭和の活力溢れる村の風景が頭に浮かぶ。かつて賑やかだった風景が、今、日本からどんどんと消え続けているのをしみじみながら実感してしまう。

 

時を経て店の看板娘だったおばあちゃんも引退し、閉店し人が都会へ移り過疎化が進んだこの街にはお年寄りばかり。

 

皮肉にも葬式のときは孫やひ孫らがいっぺんに里に帰ってきて、笑い声や泣き声が聞こえてくる。住人たちにとってこの葬儀という行事は、淋しくも心温まる瞬間ではないだろうか。

 

 

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近所のおばあ

さて、納棺をするぞとなったそのタイミングで、近所のおばあちゃんが自転車でやってきた。

 

よっこらせっと自転車のスタンドを立てて、不安と悲しさいっぱいの顔でお参りをしに来たのだ。

 

ちょうどいい時に来てくれた、綺麗になったからどうか近くで見てやっておくれと言われたが、遠くからでいい、手だけ合わさせてちょうだい。そう言って故人に向かい手を合わせ少し挨拶されたあと、どうやら納得したのかまた颯爽と自転車にまたがり帰っていった。

 

その姿に「あのおばあ何歳ね?自転車で帰っていっちょったど」

 

若者たちが、まるで鳩が豆鉄砲食らったような顔してびっくりしていると、お年寄り側の人たちは当たり前かのように「おお、いつも自転車でコープにいっちょらぁよ!」

 

あぁここのお年寄りたちは本当に強い。いやはや、きっと日本中の地方に住むご高齢の方々は強く生きてるんだろうな……と、しみじみ私まで勇気づけられるお仕事となりました。

 

さてさて、我々若い世代も頑張らないと。

 

 


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