供養・埋葬

全国の残骨の行き先は?總持寺(そうじじ)にて年に一度行われる合同供養会

 

 

 

 

曹洞宗大本山總持寺祖院

能登半島の西北側に佇む曹洞宗大本山總持寺祖院(石川県輪島市)は金沢駅から2時間半ほどで到着する。

 

赤い欄干の小橋を渡り山門をくぐり抜けると老松が茂る二万坪もの広大な境内が広がっている。

 

鎌倉時代の創建で、明治時代に鶴間總持寺に大本山が移されるまでは、福井県の永平寺と共に曹洞宗のトップの古刹だったそうだ。

 

ここで、年に一度の供養会が行われる。

 

全国残骨灰合同供養会

 

その供養会の名は
『全国残骨灰合同供養会』。

 

北海道、東京、神戸などの残骨処理業者7社の団体「自然サイクル保全事業協同組合」が主催している。

 

全国で行われる納骨後には、遺族が持ち帰る分以外に、どうしても大量の残骨が残ってしまうのだが、残骨はここ總持寺にまとめて集結し、一斉に供養されるのだ。

 

黒の仏衣に黄色や茶色の袈裟姿の僧侶、ざっと五十人以上が現れて鈴が強く打ち鳴らされるなか「如来神力品」という経典が詠まれる。

 

僧侶たちが列をなし、「行道(ぎょうどう)という「お勤め」を行う。
跪いて頭を下げたり立ち上がったり回るしながら、ご本尊の前をぐるぐる回るそうです。

 

参列する者は、喪服や黒いスーツに身をまとっており、少人数ながら普段着の人もいる。

 

参列している皆に焼香盆が回され、ぞろぞろと供養塔へ移動する。

 

参列者の中には色々な理由でここ總持寺へやってくる。「春に息子が交通事故で亡くなったから」とか、「火葬場で全部の骨を可能な限り骨壷に収めたが、息子の全てではないと思い役所に聞いてやってきた」などの遺族が何かしらの思いを消化するために訪れるようです。

 

中には葬儀業者の方が、残骨の行方を確かめるべく参列しにくることもあります。

 

実際、葬の助がお寺で納骨のお手伝いのお仕事をさせていただいてましたが、その時もピンセットでもはさめないくらい小さな骨のかけらが出てしまうので、そのような残骨はお寺の裏側にある供養塔に一箇所に集め、そのお寺でも毎年『總持寺』へ残骨供養に出しておりました。

 

 

イメージを変えた倶会一処(くえいっしょ)

 

しかし、そもそもこの供養会とはまだ歴史が浅いものになります。

 

1994年、神戸商工会議所へ神戸の業者らが「裏方の生業と思われがちなイメージを払拭したい」と相談したのがはじまりであるという。

 

難民の定住促進センターに求人に行かなければならないほど、人が集まらなかったのだとか。

 

そのため経営指導員から墓埋法(墓地、埋葬等に関する法律)に照らし合わせて残骨灰の適切な処理をし、業界のイメージを変えるようにしたほうがよい」とアドバイス。

 

翌年1995年阪神淡路大震災のあと倶会一処という会が作られた。倶会一処(くえいっしょ)とは、誰もが浄土の仏たちと出会うことが出来ることを意味する仏教用語。

 

その会が発展し、構成承認可協同組合となった。

 

始めの5年間は浜松市内の寺院で供養会を試みたが、より荘厳な雰囲気を求めこの寺と埋葬契約が結ばれた。

 

ちなみに、2000年からこの供養会は開催しているようだが、それから毎年、年間数十万人分の残骨灰がここで供養されているのだと聞くと、日本トップクラスの『特別な場所』なのかもしれません。

 

 


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